2023年9月27日

桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授

東京大学先端科学技術研究センター・フェロー

宮坂 力さん

 

オフィシャルサイト

https://www.cc.toin.ac.jp/sc/miyasaka/

 

   

ペロブスカイトを知っているか。
一見読みにくい名前だが、1839年ロシアのウラル山脈でペロブスキーというひとが発見したので自身の名をとってペロブスカイトと名付けられた。ペロブスキーのペロブスカイトと覚えればわりかしすんなり入ってくる。

ペロブスカイトは鉱石でその中身はチタン酸カルシウムである。ペロブスカイト自体は珍しいものではなくすでに産業界で多く利用されている。例えばコンデンサやインクジェットプリンタの部品として使われているらしい。しかしそれを光発電素子、すなわち太陽電池として利用しようとしたひとは今までほとんどいなかった。ペロブスカイトはそれだけ太陽電池としては将来性の薄い素材であると見られていたのである。

そのペロブスカイトを使って太陽電池を作りたい。そう言ったのは当時大学院修士課程に在籍していた小島陽広さんという学生だった。宮坂力さんがいる桐蔭横浜大学ではない他大学の学生だった。当時宮坂さんはペロブスカイト太陽電池の前身となる色素増感太陽電池の研究をやっていた。その色素をペロブスカイトに置き換えられるのではないかというのである。それならば宮坂先生のいるところでやったらどうか。ひとの縁がひとを導いて、小島さんは桐蔭横浜大学の宮坂研究室へとやってきた。

宮坂さんにとってもペロブスカイトが太陽電池の素材になるとは考えてもいなかった。しかしそれをやりたいという熱心な学生がいて、そうした熱心な学生が来ることは他の学生にとっても刺激になると考えた。交流こそが新しい学びの場となり、一人ではできないことができるようになる。宮坂さんはそう信じている。

実際に会ってお話を聞いていると、宮坂さんは交流のひとであるという印象を受ける。ひととの交流がいかに大事であるか、その結果なにが生まれたのかを嬉しそうに話してくださった。学生には発表の場をどんどん与えたい。外へ出るとよい刺激を受ける。国内外から反応がある。よいケミストリーが生まれる。ポジティブな循環が交流によって起こるのだ。それには学生が研究しているものが新しいものでなければならない。ペロブスカイトはまさに新しいものだった。そしてひととのつながりがペロブスカイト太陽電池を次のステージへと動かした。

 

ペロブスカイト太陽電池の研究は困難を極めていた。色素増感太陽電池の色素部分をペロブスカイトに置き換えて実験が行われていたが、ペロブスカイトが電解液に触れると溶けてしまうのだ。これでは耐久性がまったく伴わない。ついでに発電効率も1%程度ときた。やはりペロブスカイトは無理なのか。先の見えない暗中模索。ここであなたならどうするか。もう駄目だと諦めるか。それともいやいやまだまだと続けるか。実験結果は無情にも現実を突きつけてくる。しかし小島さんは諦めなかった。宮坂さんはもうやめろとは言わなかった。どちらも可能性を信じたのだ。

 

諦めずに続けていれば良いこともある。もちろんなにも変わらないこともある。しかしペロブスカイト太陽電池はその発電効率を3%まで上げることができた。しかしまだ3%である。そして電解液を使っている、つまり液体を使用している時点でペロブスカイトが溶ける問題は解決していなかった。溶けないようにするには電解質を液体ではなく固体にするしかない。固体に置き換えると当然ペロブスカイトは溶けないが、せっかく3%まで上がった発電効率がまた1%台に戻ってしまった。これは素材の密着性にあると宮坂さんは言う。液体なら完全にペロブスカイトと密着するが、固体同士になるとどうしても隙間が生じてしまう。これが発電効率を下げる原因になった。そして固体同士を完全にぴったり密着させるのは至難の技だった。さあどうする。福音は海を越えた地からやってきた。宮坂さんの交流がペロブスカイト太陽電池を大きく前進させたのである。

 

ひとのつながりがつながりを呼んでペロブスカイト太陽電池を研究している話はスイスのローザンヌに飛んでいく。交流こそ命と信じる宮坂さんでなかったらこうはならなかったであろうという縁である。ペロブスカイト太陽電池の話を聞いたのはイギリスからきた物理の研究者だった。宮坂さんや小島さんは化学の研究者であり、物理と化学ではものの見方が異なるらしい。さて彼も色素増感太陽電池の研究を行っていたが、電解液を固体に置き換えるところで行き詰まっていた。固体にすると発電効率が著しく落ちるのである。そこへペロブスカイトの話を耳にする。ペロブスカイトは塗料のように塗れるほど薄く作れるのが特徴であるが、それをあえて厚くした。そしてこれが大当たりとなった。ペロブスカイト太陽電池の発電効率が突如10%台に到達したのである。10%というのは、現実的に運用が可能なレベルの効率である。

喜んでばかりもいられない。宮坂さんや小島さんにとっては青天の霹靂。あわやペロブスカイト太陽電池の発明はイギリスに持っていかれてしまうのか。イギリスの研究者もそのつもりで論文を準備したのだろう。人生に一回訪れるかどうかのチャンスは彼にとっても同じだった。ところが論文を投稿したサイエンス誌の審査員が待ったをかけた。宮坂さんと小島さんが行った実験結果を含めよと言ったのだ。かくして全固体化ペロブスカイト太陽電池の発明は二人のものとなったのである。発電効率が1%でも世界初は世界初である。

 

ペロブスカイト太陽電池の発電効率が10%を超えると俄然世界が注目しだす。世界中の研究者が追試し、こぞって研究をはじめた。宮坂さんの思い描く交流の究極の形かもしれない。そしてペロブスカイト太陽電池の発電効率はシリコン型太陽電池と肩を並べるまでに成長していく。

現在主流のシリコン型太陽電池はその名の通りシリコンで製造するため非常に厚く硬い太陽電池である。だから多少の湾曲は付けられるにしてもぐにゃぐにゃと曲げることは到底できないものである。翻ってペロブスカイト太陽電池は非常に薄い。塗料のように塗ることができるほどに薄い。それを厚く塗ったところで依然薄いことには変わりがない。つまり柔軟性のある基盤に塗ればペロブスカイト太陽電池はぐにゃぐにゃと曲げることができるのである。これによってシリコン型太陽電池では設置できない場所で使うことができるようになる。

それから薄いということは軽いということでもある。この特徴もまたシリコン型太陽電池では不可能な使い方を実現できる。ビルの外壁を覆う。ウエアラブルデバイスとして活用する。ありとあらゆる場所が発電所になる可能性をペロブスカイト太陽電池は秘めている。例えば日傘に実装されたら、わたしたちは日傘をさしながらスマホを充電できるようになる。まさに一石二鳥だ。さらにペロブスカイト太陽電池にはシリコン型太陽電池にない特徴がまだある。それは室内灯での発電効率が太陽のそれの2倍近く上がるのだ。屋外で17%なら室内では34%にも達する。この性質はシリコン型太陽電池にはないもので、それによりペロブスカイト太陽電池を使って屋内の様々なものが発電に利用できるようになるのだ。

ペロブスカイト太陽電池はさらなる発電効率の向上を目指しながらもすでに実用化段階に入った。宮坂さんは日本企業に取り組んでほしいと考えているが、現実には中国をはじめ他国が先んじているようだ。

ペロブスカイト太陽電池は長年の研究成果の賜物ではなかった。偶然から出てきたようなものだったと宮坂さんは言う。しかしそれは宮坂さんがひととひととの交流を何よりも重視した結果生まれたものである。学生に発表の機会を、世界との交流をと求めた末に誕生したものだった。その研究成果が紙一重のところで他人に持っていかれる事態にもなったが、交流なくして発展もなかったのである。もちろん小島さんの諦めない心があってのことである。そしてその気持ちを大事にした宮坂さんあってのことである。わたしたちの生活の様々なところでペロブスカイト太陽電池を見る日はそう遠くない。

ペロブスカイト太陽電池の誕生物語について、より詳しく知りたい方は宮坂さんの著書「大発見の舞台裏で!」をお読みください。


参考
大発見の舞台裏で! ペロブスカイト太陽電池誕生秘話 
宮坂力著 株式会社さくら舎 2023年