2020年1月9日(木)

フラワー&ディスプレイ スプラウト 代表 野口英太郎さん

 

オフィシャルサイト

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神奈川県横浜市鶴見区下末吉5-8-5

 

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営業時間

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二十三歳のとき、二十六歳で自分の店を開くと宣言した。

有言実行。口に出したことは必ず叶うという言葉を信じ、野口英太郎さんは周囲にいい続けてきたとおりに2018年フラワーショップ「スプラウト」をオープンさせた。確かに、彼は環境に恵まれていた。店舗は自宅の敷地内の一部だし、それは通りに面している。両親からの多大な援助も受けている。そうした有利な状況は開業することへのハードルを大きく下げたことだろう。実際、野口さんは多くの独立起業者が経験するような開業時の困難をほとんど知らない。しかし、だからといって、それをもって野口さんに信念がないなどと勘違いしないでほしい。

 

例えば家業を世襲によって継ぐひとがいる。すでにある店を引き継ぐのは、独立開業の負担は最初からない。その上、今まで積み上げてきた信用力が、銀行や従来の取引先或いは新規取引先に対してさえ物をいう。野口さんのスプラウトは、開業時の負担こそあまりなかったかもしれないが、これから商売を始めるゼロスタートであるという点において、他の独立開業者と違わない困難が待ち受けている。そして、その道は野口さん自身が切り開いて行かなければならないのだ。

 

 

私は、事業の始め方は様々であってよいと思っている。世襲、親の援助、自力等など。他人から見てアドバンテージとなる要素を持っているひとは単にツイていただけである。そしてそれをひとが羨ましがるのは勝手だが、それ以上どうこういう問題ではないのだ。野口さんの場合は、敷地という物件を有していたのは確かに店舗事業という点で有利だったが、そこは最寄り駅から徒歩二十五分もある。ここまで遠いと路線バスの出番だが、肝心のバスは一時間に一本か二本しか走っていない。

 

JR京浜東北線鶴見駅を曹洞宗大本山総持寺側に出て、昭和坂という長い長い坂を延々と登ったり降りたりそして最後に登った先に野口さんのフラワーショップ・スプラウトがある。店舗のある周辺は横浜市内では一番の高台ということで、丘陵地帯に連なる家々を一望できて大変眺めがよい。幹線道路こそその斜度が抑えられているが、路地へ入れば突如として急坂や急階段が現れ眼下に開けた視界は昔どこかでみたアニメのようだ。坂といえば川にかかる橋くらいしかない海抜ゼロメートル地帯で暮らす私にとって、こうした風景は一々私を感動させた。

 

 

 

「いいところに住んでますね」と言ったのはお世辞でもなんでもなく本心だった。これだけ坂の多いところに住んでいたら住民はさぞかし足腰が強くなるだろうと思ったが、実際歩いているひとはまれだった。鶴見も他の地方都市と同様に車社会なのだ。店舗が面した通りは、国道一号線と平行して走るせいか道幅にたいして通行量が多い印象がある。インタビュー当日は十二月には珍しく気温が上がった日で店の前に椅子を並べて行ったが、ひっきりなしに通過する車の騒音が入り続けた。

 

 

自分が経営者になりたいという動機は様々だが、野口さんの場合は学生時代の体験が発端となる。野口さんの父親は中学校の教師である。ある生徒の家庭が崩壊し、その親が育児放棄した。その女子生徒は施設に入所しなければならなくなったが、野口さんの父はその生徒を自宅に引き取った。そして自分の子のように接したという。野口さんにとっては突然新しい妹ができたようなものだった。しかし二ヶ月ほどが過ぎた頃、教師が生徒を住まわせるのは問題があると禁止になり、結局その女子生徒は当初予定していた通りの施設へと送られていく。そしてその先で、非行に走った。それを知った野口さんは教職のやるせないまでの限界を知り、それまで自らも目指していた教師への道に情熱を感じなくなった。

 

 

 

もし自分が経営者でひとを雇うことができたら、そういう子を雇い入れることができたら、幸せに働いてもらうことができるのではないだろうか、非行に走ることなく。そのとき野口さんは将来サラリーマンではなく、自営業の経営者になることをぼんやりと思い描いたのであった。学生時代にアルバイトで始めた花屋だったが、これが思いのほか性に合っていた。花というのは自分のために買う人もいるがそのほとんどが贈答用である。花屋をしていると買った人にまず喜ばれ、そしてその花が贈られた先でまた喜ばれるといった二重の喜びを味わうことができた。そうして野口さんは花屋の世界にのめり込み、いつしか独立するときは花屋、を本格的に意識するようになっていく。

 

 

アルバイトしていた花屋の社長は最低でも十年は修行が必要といった。野口さんは五年の修行期間を経て独立。振り返ってみて二、三年でも良かったのではないかとすら思えると話した。十年必要という根拠と、二、三年でも十分という根拠は同列には扱えない。つまり、十年分を三年で吸収できることを意味していないのだ。重要なことは、野口さんは十年という期間で遭遇するであろう様々な経験を通して学ぶことよりも独学を選んだというその選択にある。このとき私は「日本酒 多田」の多田さんと同じ印象を野口さんから受けたのである。野口さんもまた新しい時代の若者なのだ。彼ら新時代の人間に共通するのは、一様に我慢はきかないが、思い切りがよく行動力があるということである。ペイシェンスはJEDIの美徳であるが、それは彼らのような徒弟制をしく世界の中では必要不可欠な要素だからかもしれない。私にはどちらも否定するような理由はなにもない。それぞれに長短があるものだ。独立独歩を選んだ日本の若者たちには徒弟制とは違う困難が待ち受けている。ではその困難とは何か。それは、自己教育である。

 

 

早期に独立してひとりでやっていこうと思ったら、自ら学ぶ機会を作らなくてはいけない。修行中であれば半ば強制的に学べることを、自分で発見し学び吸収する必要がある。自分で学べるかどうかが野口さんのような独立者にとって将来を作り出せるかどうかの分岐点となる。店を持ってしまえば一国一城の主である。日々の仕事がそれなりに回れば、その生活に安住してしまうかもしれない。人間は本来楽をしたがる生き物だ。そして注意をするひとは誰もいない。命令するひともだれもいない。しかし、自分は何も知っていないという自覚を持ち、自ら進んで学ぶ機会を創出しなければ本当に重要ななにかを掴むことはできない。野口さんで言えば、スプラウトの将来は花屋としての技術を磨くだけでなく、人間的成長こそが欠かせないものであり、それは自己教育をし続ける先にしかない世界である。そして、そのことを言葉の端々から野口さんは感覚的に理解しているようにみえる。

 

店名であるSPROUT(スプラウト)とは英語で芽という意味である。その意味と語感の良さから様々な分野で利用されている単語であるが、つける名前としては花屋がもっとも自然かもしれない。店舗はその名の通り小さな小さな建物である。プレハブ小屋であるが、装飾が上手なので安っぽさは微塵もない。むしろ黒を基調としたおしゃれな空間が住宅地に突然現れる、そんな印象的な店である。今はまだ小さな建物だが、敷地の広さを生かしてカフェを併設したり花屋の空間を広げて花屋以外の目的のために使用したいと野口さんは意気込んだ。

 

 

二十代の青年が自分の店を持つ。これを同世代のひとたちにはどう映るのだろうか。企業に就職する以外の選択肢を考えたこともないひとたちは生きるための多様性を野口さんから感じ取ってほしいと思う。そして野口さんは街のお花屋さんとして花を売るだけでなく、花屋以上のなにかを自らの世代を利用して発信していってほしいと願う。もっとも私が言うまでもなく、野口さんはそうするのだろう。自分でやるという強い意志のもとで生まれた若き花屋「スプラウト」。その情熱に注目したい。