2019年11月3日(日)
スペイン・バスク料理 Sardexka(サルデスカ)深田 裕さん
東京都台東区下谷1-6-7 竹内マンション1F
完全予約制
予約:080-9884-2732
info@sardexka.com
営業時間:18時〜(中学生以下はご遠慮いただいております)
Instagram : @sardexka3
Facebook : @sardexka
JR山手線鶯谷駅の南口を出て、入谷口通りを上野に向かって歩くとすぐ左手にスペイン料理店サルデスカがある。以前スナックだった店を改装して使っているだけあって狭く細長い店内はカウンター席しかない。しかしここはれっきとした“レストラン”である。
れっきとしたレストランとはどういうことか。それはつまりバーでもなく、カフェでもなく、ビストロ(フレンチ的に言えば)でもないということである。店の格式として、サルデスカはコース料理を振る舞うレストランなのである。実際サルデスカは完全予約制を敷き、コース料理しか出さない。
店名のサルデスカ(Sardexka)はバスク語でフォークを意味する。バスク語は現在のスペインとフランスの国境付近に居住していたバスク人の言語で、長らく文字を有していなかったというから他言語から綴りを当てたのだろう。現代、バスク地方はスペインの南バスクとフランスの北バスクに分割されている。そしてバスク地方と言えば今ではほとんどをスペインの南バスクを指していう。
海があり山岳地帯があるという土地柄、バスク料理はバラエティに富み独自の文化を育んできた。また常に他国との交流が絶えなかったこともあり、バスク人は新しい素材や技法を貪欲に吸収していく。ところでこれらは歴史の話であり、バスク人というのは、民族的感情を余所にして言えば、現代では彼らはスペイン人であり、ピレネー山脈の麓に広がるその土地はスペインのバスク自治州である。
スペイン料理と聞いて日本人の多くが想像するのがパエリアやアヒージョといった料理ではないだろうか。そしてそうした料理を提供するスペインバル(バー)を同時に思い起こすはずだ。実際日本でスペイン料理と言えばほとんどがスペインバルの形態を取っているとサルデスカのオーナーシェフである深田裕さんは言う。しかしここはレストランである。そうした料理とはまるきり無縁とは言わないが、出てくる料理の数々にあなたはスペイン料理の印象をことごとく覆されるであろう。
深田さんは言う。「スペイン料理と言っても、レストランの料理はスパニッシュもフレンチもイタリアンも国境はないと思います。あるのはヨーロッパの料理という世界でしょうか」深田さんの料理を見てそして味わってなるほどその通りだと感じる。あえて付け加えるとすればヨーロッパの中でもとりわけラテンの料理なのだろう。豊かな色彩、華やかな盛り付け、フレッシュな味わい。そのどれもに眩しい太陽のきらめきを感じずにはいられない。それらは決してヨーロッパといっても陰鬱な森林地帯からは生まれないものだ。
深田さんは学生時代を教育学部で過ごす。教師だった父親の影響もあり、教育には漠然と興味があったに違いない。しかしそれが食と結びつき食育という目的に直ちに発展したわけではないようだ。大学を卒業して会社員になることに違和感を覚えた深田さんはふと料理人を志すことになる。単純にイタリアンのシェフになったらかっこいいなと思っただけだという。ところがイタリアンレストランは日本中にそれこそ星の数ほどある。自らが勝負すべき場所はここではない。業界を調べてみてすぐにそう判断した。ではどこで自分をかけるか。スペイン料理がそこにあった。
スペインは芸術の国である。ピカソ、ミロ、ダリ、ゴヤと聞けば誰もが知る画家はみなスペイン人である。ガウディが建て始めた永遠に未完の建造物サグラダ・ファミリアがあるのもスペインだ。そうした芸術家を多く排出した国の料理がパエリアだけのはずがない。精緻を極めたもはや芸術と呼べるような料理が生まれるのもまた必然だろう。スペインのカタルーニャ州にエル・ブジ(El Bulli, カタルーニャ語でエル・ブリと発音するひともいる。エル・ブジはスペイン語読み)というレストランがあった。年間8,000人しか受け入れられないレストランに200万件以上の予約申込みがあったという世界一予約のとれないレストランだった。独創的な料理を出すことで有名で、ほとんど実験とも言える料理を出したその店が生まれ成功したのもスペインという国であったことと偶然ではないだろう。なにしろ初代オーナーはドイツ人だったのだ。ちなみに店名は飼っていた犬の名前(Bulli)からそのままとってつけたそうです。
サルデスカのことを書いていてなぜほかのレストランについて書くのか。それはサルデスカの深田さんがそうしたスペインの美的感覚を目指し、芸術感覚を纏い始めているからである。料理は自身が言うようにスペインという国境を越え伝統に礎を置きながらそこへ独自の発想を織り交ぜている。そうした独自性はときにスペイン料理ではなく創作料理だと言われることがあるというが、そもそもバスク料理と呼ばれるものもまた各国の様々な素材や調理技術を貪欲に輸入していたというのだ。だからサルデスカもまたスペイン料理、バスク料理を源にしながら新しい料理方法や材料を求めたところでどんな問題があるというのだろう?
「はっきり言って天才です」そう言い切ったのは以前GRIT JAPANで取材をさせていただいたスポーツサングラスプロショップ「オードビー」の佐藤さんの奥さまである。取材以来公私ともに親しくさせていただいており、今回サルデスカとGRIT JAPANを引き合わせてくださったのも佐藤さんの図らいである。料理への期待は否が応でも高まった。十八時に現地集合ね、と言われて赴いた。テーブル席のあるいわゆるレストランを思い浮かべていたから、カウンター席をみて予想とあまりにも違う佇まいに戸惑った。私は事前に情報を収集したりはしない。そうすると驚きが減るし他人の評価で先入観を自分に植え付けたくないからだ。今回もまたドアを開けて目に飛び込んできた光景を驚き楽しむことができたのもネットで下調べをしなかったおかげである。
深田さんの料理は料理そのものだけでなく、それを入れる器にも強いこだわりを感じる。そんなことレストランのシェフなら当たり前だろうと思うひともあろうが、深田さんの器の選び方はちょっと一風変わっていて面白い。それはつまり食事における基本的なこと、食べやすさを無視した器を使うことがあるのだ。例えば深い器の底にある魚ははっきりいって食べづらい。器を覗き込むようにしてナイフとフォークを差しこんで切り分け食べなければいけない。だからといってそれで食べる人のことを考えていないなどと早合点してはいけない。深田さんはこの料理と食べる人との邂逅を意識しているのだ。わざわざ覗き込むという行為、視界の先に待っている美しく盛り付けられた料理との出会い、それを手を伸ばして取りに行き、口へと運ぶ。こうした一連の演出もまた深田料理の楽しみ方である。料理のすべてを通してお客さんを楽しませようという深田さんの姿勢が垣間見られる。本人はいたって無口だが料理は実に饒舌だった。
素材が持っている美味しさを最大限引き出す。深田さんは自身の料理の特長をそう言い表した。その言葉通りに次々と運ばれてくる料理はいずれも新鮮で素材そのものの味わいが光る品々だった。火が通っている料理で新鮮というのはおかしな感じがするかもしれないが、そのどれもが新鮮という表現がぴったりなのである。素材感があるとも言えるが、やはり新鮮(フレッシュ)といったほうがピンとくる。しっくりこないひとは是非ご自身の舌で確かめてほしいと思う。肉の旨味、魚の旨味、野菜の旨味が活き活きとそれが見た目だけでなく味わいにも現れている。見て楽しみ、口中に運んでその新鮮さを堪能していただきたい。
深田さんが素材が持つ個性にこだわるのは料理のためだけではなかった。料理人として、食に関心が高まると現代人の食生活に不安を感じるようになった。深田さんが食育に興味を抱いたのは自然なことである。教育学部で学んだことは決して回り道ではなかったのだ。深田さんは子供の頃祖母が作る料理をよく覚えているという。材料から手間暇かけて作ってくれた味は今も忘れない。そうしたまともな手料理を食べているひとが現代はどれだけいるのだろうかと深田さんは憂う。料理人となった今、料理を通して食事の大切さを伝えていけるような仕事をしてみたいと話してくれた。ほら野菜ってこんなに美味しいんだよ。魚ってこんな味がするんだよ。お肉ってね……。そして素材が生きている深田さんが作った料理を食べる。それは子どもたちにとって忘れがたき授業となるだろう。
スペイン料理、バスク料理を謳うレストランは日本では珍しい存在だ。サルデスカは珍しいだけでなく、その独創性ゆえに唯一無二のレストランと言える。発見と美味しさが同居する深田さんの料理が食べたければまずは予約すべし!