2019年12月22日(日)
中古&アンティークウォッチ専門店 ケイアイウォッチ店主 金子純子さん
オフィシャルサイト
Instagram @kanekotokeitens
Twitter @ki_watch
Youtube アラフォー時計YouTuberジュンコ
ネットショップが基本ですが、店頭で買取りや商品をご覧になりたい場合は
ケイアイウォッチサイトより事前連絡の上、下記店舗へ。
金子時計店
〒835-0024
福岡県みやま市瀬高町下庄1996-16
みやま市は、福岡県の中心地である福岡市からずっと南下し熊本県との県境にほど近いところに位置する。2007年に三町が合併して誕生した街で、ひらがなでみやまと表記するのは深山とも美山ともとれる図らいなのだろうか。九州を南北に貫く鹿児島本線を一時間に一本か二本しかない二両編成の大牟田線に揺られ、瀬高という駅で降りる。駅周辺にはコンビニ一軒ないところであるが、整備された道路と道路沿いにならぶ住宅に比較的新しいものが目立つせいか殊更田舎感はない。住宅が新しいということは、以前店舗だったところが店じまいしたのかもしれない。昔は商店街を形成していたのであろう通りも、店がひとつ、またひとつと消えていった。線路沿いに五分ほど歩けばもう金子時計店だ。その建物は、消えゆく商店街の最後の灯火のように桃色に輝いている。しかしそれは吹けば消えるような光ではない。インターネットという広大な商店街に主戦場を移した力強い炎だ。
金子時計店という時計屋さんを知ったのは確か2003年頃だったと思う。当時私は時計の世界に本格的に興味を持ち始めた頃で、インターネットで検索すると必ずと言っていいほどあがるのが金子時計店だった。低〜中価格帯の時計を広く扱う店は全国にいくつもあったが、インターネットにおける商品の充実度という点において、金子時計店は抜きん出た存在だったと記憶している。その金子時計店にケイアイウォッチという時計の中古とアンティークを扱う姉妹店ができたというのはそれから数年後に金子時計店のトップページに貼られたバナーで知ることになる。しかし当初はそのリンクをクリックしてもウェブ上での目立った営業はしていないようにみえた。
ある時期を境にケイアイウォッチのウェブサイトが刷新され本格的なネット販売が開始されるようになる。私はこの時期について正確に記憶していなかったが、ケイアイウォッチが開業して十二年、本格的に営業を始めて十一年というから2008年頃ということになる。ケイアイウォッチの代表は金子純子さん。父親譲りのマニアックな時計ブランドが大好きな金子時計店の長女である。
マニアックな時計ブランドという表現は時計好きにしか通じないかもしれない。というのも現代において、腕時計自体がマニアックな存在になりつつあるからである。まずそもそもあなたは腕時計を持っているか。
おそらく、三十代後半以上の世代であれば腕時計は今はともあれ身近な存在だったはずである。進学や就職の記念として腕時計をプレゼントされたひとも多いのではないか。私も高校入学の時、生まれて初めて腕時計を買ってもらったのを今でも覚えている。それは珍しく祖母からのプレゼントだった。アルバ(セイコーが展開する低価格のファッションブランド)のクォーツウォッチで11,000円という値段もなぜかはっきりと記憶している。その時計の革ベルトを巻いていよいよ大人の仲間入りをしたのだという誇らしいような高揚した気持ちになったことさえ今脳裏より蘇った。
携帯電話が個人の必携品になると、腕時計はその存在意義を失いはじめた。しかし時計好きから言わせてもらえば、携帯或いはスマホを取り出して時刻を確認する動作は腕時計登場以前の懐中時計と同じであり、それは進歩ではなくて退行を意味する。しかし最先端の電子機器を手にしながらその動作は十九世紀に逆戻りしているという事実に違和感を訴えるひとはほとんどいない。
腕時計本体こそ時刻を知らせる機器としての役割を失いつつあるが、腕に巻くという方法がもたらす利便性はデジタルデバイスの小型化が可能になるとすぐに採用された。アップルウォッチは2014年の登場以来またたく間に世界を席巻し、ニューヨーク・タイムズによれば、2018年アップルは2250万個のアップルウォッチを出荷したのに対し、スイスの時計産業の出荷総数は2370万個。2019年にはついに出荷数が逆転する見込みであるという。よろしい。インターネットに接続でき、キャッシュレスでショッピングを可能にし、手ぶらで改札を通過し、電話もできるアップルウォッチがあれば腕時計など必要がないというのだろう。果たしてそれは本当か。
まず最初に、腕時計には大雑把に言って二種類の駆動方式がある。一つは電池で動くクォーツ式であり、もうひとつはゼンマイを動力源とする機械式である。ゼンマイはオルゴールの駆動源に使われていたり、チョロQなどの車のおもちゃを走らせるのに使われているのと基本的には同じもので、丸めた鉄板がもとに戻ろうとする力を利用するものである。そして金子純子さんに限らず、時計好きが好きな時計とはほとんどの場合において古来から変わらないゼンマイで動く機械式腕時計を指しているということを念頭において話を進めたい。
アップルウォッチの襲来は、機械式腕時計が直面した困難という意味で言えば1969年にセイコーが世界で初めて商品化に成功したクォーツ式時計の登場と似ている。それまで、より精確な時刻を知るための精密機器としてしのぎを削っていた機械式腕時計だったが、何万倍も高精度なクォーツ式の登場により、機械式は計測機器という土俵から降ろされてしまう。生死を彷徨った機械式腕時計だったが、一部は工芸品として、多くはファッションのアクセサリーとして復活を果たす。ひとによってはそれがステータスシンボルとなり、自己表現の一環としての役割りを機械式腕時計は獲得したのである。そうしてクォーツの荒波を乗り越えたように、アップルウォッチのサバクトビバッタのような脅威でさえ機械式腕時計は生き延びるのだ。
ではなぜそれほどまでに機械式腕時計なのか。
金子さんは機械式腕時計には宇宙がある、と言った。微小な歯車を組み合わせて構成される時計の機械そのものにある人は神秘を感じある人は人間の叡智を感じる。そして本当に時計は宇宙と繋がっているのである。あなたが日々時刻を確認することはあなたの普段の行動を決定するためだけに利用しているが、人類にとって時間を知るということは人類が宇宙とのつながりを確認し、人類もまた自然の一部分であるという理解を助けるためになくてはならないものだったのである。かつて一日を太陽の運行によって測り、一年を星座の移り変わりをもって確かめていた時代に遡れば、人間はなぜ時間を知りたいのかという根源的な欲求をみてとることができる。より精確な時刻を知るという延長線上にクォーツやアップルウォッチがあるのは理屈ではわかるが、機械式腕時計は歯車など機械の動きという目に見える形で提示されることで直感的に宇宙とのつながりを感じることができるのではないだろうか。金子さんが機械式腕時計には宇宙があると言ったのは、機械にロマンを感じるといった程度のことを飛び越えて、感覚的にも宇宙とのつながりを発見したことにほかならない。
現代では、時計の時間が正確であることは当たり前すぎて問題にすらならない。しかし機械式腕時計が全盛だった1970年代までは時計メーカー各社が一分一秒の誤差をなくすための努力に明け暮れた時代だった。そうした時代の時計はメーカーの気概を感じるし、その時代背景を調べながら時計を見る楽しみがあって面白いと金子さんは言う。例えば2020とは違い国民の歓迎をもって迎えられたであろう1964年の東京オリンピック開催年に発売されていた(1963年発売、販売期間は約一年)セイコーのある腕時計には並々ならぬ迫力を感じたと金子さんは息を呑む。その時計はとうに売れてしまっているが、金子さんの鼻息荒い紹介文はこちらで読むことができる。1960年代は日本が世界に追いつけ追い越せと邁進していた時代で、国内ではセイコーが一社気を吐いて世界(スイス)に勝負していた時代である。海外に目を移せば、時計王国スイスではスイス国内の1500社にものぼるメーカー同士による競争が繰り広げられていて、腕時計にまつわるエピソードは枚挙にいとまがない。時計一つひとつがそうした物語を内包しているのだからその面白さも深さも日本の比ではない。古い時計が金子さんを魅了してやまない理由は山ほどあった。
金子さんが中古の時計を好む理由のもうひとつに以前の所有者に思いを馳せるというのがあって面白い。この時計の所有者はどんな思いでこの時計を買ったのか。そして手放したのか。発売から五十年以上経つようなアンティークウォッチなら何人もの人の手を渡って来たのもあるだろう。或いは反対に一人のひとに長く所有された後に旅立った時計だってあるはずだ。そうした元持ち主のことを想像することが楽しいというのは時計を好きなだけでなく販売者でもある金子さんならではないかと思う。ケイアイウォッチは中古の時計屋さんなので当然個人から買取りもする。そのとき持ってきた売り主からその時計にまつわる思い出を聞く機会がある。所有者を前にして実際にどんな人なのかを知ることもできる。もし金子さんが時計の価値をブランド名や販売利益だけにみていたとしたら以前の所有者などどうでもよいはずだ。しかし金子さんは違う。時計の価値は文字盤に書かれたブランド名だけで決まるわけではないことを金子さんは知っている。ブランド名はその時計を知る指標にこそなれ、価値そのものではないからだ。
腕時計が指輪やネックレスといったアクセサリーと決定的に違うのは動く機械物という点だ。よって中古の時計を買う場合にきちんと動くのかどうか壊れてないかといういくら悩んだところで解決しない問題に直面する。これは私もだいぶ勉強代を払った口であるが、唯一の解決策は信頼できるお店を見つけるにつきる。素人が時計の裏蓋を開けてわかることはほとんどない。むしろ精緻に作り込まれた機械を前にしてため息が漏れ目が曇る。金子さん自身は時計の修理師ではないが、以前は金子さんのパートナーがケイアイウォッチの技術的信頼を担保していた。離婚を期に新たな技術提携先を探さなければならなくなったが、こちらもどうやら無事に決まったようで一安心である。金子さんのような誠実で真面目な方が納得できる技術の持ち主ということで購入する際の不安は解消された。商売なので価格的折合いも大切になろうが、時計のオーバーホール(分解清掃)や修理に対する考え方や価値観が金子さんと一致した人が手掛けるということに安心するのである。
金子さん本人は自分のことをノミの心臓などと言うが、実際は誠に大胆な行動をとるひとである。おそらくノミの心臓に偽りはないが、ビビリを好奇心が上回ってしまうのだろう。Youtubeで時計の動画配信をしてみたいと思えば恥ずかしさを飛び越えてやってしまう。今ではすっかり定着し、固定客がついた人気モノになっている。度胸と好奇心でどんどん前進していく。内心バクバクなのは撮影していて手にとるようにわかるが、何事にも挑戦せずにはいられない強い衝動が金子さんを突き動かす。
時計屋に生まれたというだけで、腕時計などこれっぽっちも興味がなかった金子さんが今人生をかけて腕時計の魅力を伝えることに喜びを覚えている。時計を趣味にしているのは性別で言えば90%以上が男性になるだろう。しかし金子さんは女性にももっと機械式腕時計の魅力を伝えたいと言っている。時計の持つ来歴や物語に興味がもてなくても、その様々なデザインから好みの一本を探す楽しみがある。とくにアンティークウォッチには現代にはない味わいをもった時計がたくさんある。買うお店の不安はもう解消したはずだ。なぜならあなたは今ケイアイウォッチを知ったのだから。
アップルウォッチはあなたに便利さを提供してくれる。しかし心の豊かさはどうだ。幸せはどうだ。便利至上主義の世の中で、ふとそんなことに疑問を思ったら、ケイアイウォッチを訪れてみてはどうだろうか。店主の金子純子さんが時計を通じてなにか大切なことに気づかせてくれるかもしれない。
参考文献
"THE MASTERY OF TIME" Dominique Fléchon, Flammarion, S.A., 2011
"The New York Times"
https://www.nytimes.com/2019/06/29/fashion/smartwatches-apple-tag-heuer.html
SWI Swissinfo.ch (スイス公共放送協会国際部)