2018年12月20日
LEVEL 株式会社マツダ自転車工場
フレームビルダー 松田志行さん
東京都荒川区東尾久1-2-4
TEL: 03-5692-6531 FAX: 03-5692-6532
フレームビルダーという職業。
自転車はどうやって作られるのか、考えたことはあるだろうか。通勤通学買い物に日常の足として普段当たり前に使っている自転車が一体どうやって作られているのか。おそらくほとんどのひとにとって考えたこともなければ興味もないことだろう。また世の中には純粋に速さを競うための競技用自転車という世界があることももしかしたら知らないかもしれない。しかしそのようなひとでさえ、「競輪」と言えばそのイメージが少しは湧くのではないだろうか。
フレームビルダーとは、競輪を主体とする競技用自転車を手づくりするひとのことである。
競輪で使用される自転車は、その全てが選手の体格や希望に合わせてハンドメイドで作られている。日本には競輪向けに自転車のフレーム(フレームについては後述する)を製造する工房が、2018年時点で二十九ある。この二十九の工房とは別に、競輪のフレームを製造せず趣味で自転車に乗るひとのためにフレーム作りをしている工房の数は数十はあるのではないか。もちろんすべての工房が手づくり(ハンドメイド)で自転車のフレームを作っている。
実は、自転車の世界において日本はハンドメイド大国である。それはかつてイタリアが世界をリードした分野であるが、フレームを構成する素材がスティール(鋼鉄)からカーボンファイバーに移ると同時にイタリアの工房は軒並み衰退していった。カーボン製のフレームを製造するには大規模な工場が必要だからだ。現在競技用自転車の主力素材はこのカーボンファイバー製であるため、世界的に見ればスティールを材料としたフレームは趣味人向けのものというニッチな立ち位置だが、日本には競輪があるため、競技用フレームを製造する工房が数十も生き残ったのである。競輪はスティールフレームしか使ってはいけないとルールで決まっているからだ。
さて、世の中には手作りの自転車があるということ、そして自転車の中でも一番大きい要素であるフレームがハンドメイドの対象であるということを知っていただいたところでいよいよ本編に入りたいと思います。
ではフレームとは何かを説明したいと思う。上の写真を見てほしい。この自転車の緑色の部分(及び白地にLEVELのロゴが入っている部分)がフレームと呼ばれるもので、自転車を構成する要素として一番大きな部品と言える。前輪を支える足(写真では白色)をフォークと呼び、フレームビルダーはフレーム及びフォークを製造することができる。(注:写真のフォークはカーボン製のためフレームビルダーが作ったものではない)
このフレームに様々な部品を取り付けることで自転車が完成する。つまりフレームとは文字通り自転車の骨格そのものなのだ。ちなみにこの自転車は数年前に松田さんにオーダーメイドで作っていただいた私のモノである。競技用自転車の一種であるシクロクロスという自転車だ。シクロクロスはオフロードバイクの原型のようなもので、アメリカでマウンテンバイクが誕生する遥か以前からヨーロッパで競技として行われてきた。当初はロードレーサーたちが冬場のトレーニング目的に始めたのがきっかけと言われているが、今では競技として確立されており、私のようなホビーレーサーが参加できるようなレースが毎年冬になると各地で開催されている。
特殊な世界の話なので映像中で意味がわからない言葉が出てくるかもしれない。
例えばジグという言葉が出てくる。これはフレームを製作するために使用する完全に水平がとられた台を指す言葉だ。英語でJigと書く。よく雑誌などで当て字の治具という表記を見かけるが、英語なのだからカタカナでジグと記載するのが正しい。
上の写真でフレームがセットされている台がジグである。
ジグには水平式と垂直式というのがある。垂直式(縦ジグ)は量産を目的にイタリアで開発されたのが最初ではないかと思う。したがってイタリアで修行を積んできたビルダーの中には垂直式を使うひともあるが、日本のフレームビルダーのほとんどは水平式ジグを好んで使うようだ。松田さんも精確な作業をするならこっちといって水平式を採用している。
マツダ自転車工場は東京都荒川区にある。
LEVELはそのブランドであり、フランス語のLe velo(自転車)をもじって左右対称にLEVELとなった。荒川区はかつて自転車産業の一大拠点だった。西の堺、東の荒川区と呼ばれるほどだったという。堺は世界最大の自転車部品メーカーであるシマノが本拠地を置く街で、今でも周辺企業が多く存在するが、荒川区の自転車産業はそのほとんどが絶えてしまって久しい。マツダ自転車工場はもともとは実用車や一般車を製造する街の自転車工場としてスタートした。今でこそママチャリは中国製が当たり前になったが、1951年の創業時は国内で製造するのが主流であった。実際1980年代まで日本は世界一の自転車生産国だった。それが次第に低コストで生産可能なアジア諸国に移っていくのは他の製品と同じである。
実用車製造に未来はない、危機を感じた松田さんは競技用自転車の製造に目を向けた。当時名を馳せていた著名なフレームビルダーに教えを乞うも弟子入りを断られる。しかし諦めない松田さんの情熱に折れたそのひとは教えはしないが見せてやると週に一度だけその機会をくれたという。松田さんは見たことをひたすら自宅で繰り返し繰り返し練習して自分のものにしていったそうだ。1975年から競技用自転車の製造を独自に始め、五年後の1980年、念願のNJS(日本自転車振興会登録)を取得し、プロ競輪選手へのオーダーメイドを開始した。
精度は目に見えるから
フレームの狂い(ズレ)は火で調整する。本来フレームの材料であるスティールは火にかけすぎてはいけないとされる。それは熱により素材の特性が変化してしまうためと言われるからだが、松田さんは火を使って歪みを治す。火にかけすぎてはいけないのはもちろんわかっているんです。でも競輪のフレームは賞味期限が一年だから。一年もてばいいんだから私は火を使うんです。と松田さんは言う。松田さんが精度を出すと呼んでいるその調整方法は非常に手間も時間もかかるものだった。バーナーの火をあてて歪みを治す。しかし本当に歪みがとれたかどうかはその炙った部分が冷めてからでないとわからない。冷水でしめるわけにはいかない(余計歪むし、鉄だから錆びる)から常温で冷ますしかない。だから時間がかかるのである。松田さんは数本のフレームを同時に精度出しすることで時間の節約をしているが、それでも「効率は悪いんです」と笑って言った。「でも精度のためだから」
実際に精度出しの様子を撮影させてもらった。慎重に測定を繰り返したのちバーナーに点火した。狙いすました場所に火を差し込む。炙るのは数秒である。そしてただちに消火。火を当てる位置、当てる時間はすべて経験によって蓄積されたノウハウだ。まさに職人技である。ほんの数秒のことだったが撮影しているこちらが緊張で息が止まる。この修正を精度が出るまで何度か繰り返すという。中にはどうにもこうにも修正できないことがある。そうしたフレームもごまかして納品しようと思えばできるが、それはしない。
「乗れば、違いはだれでも、わかる。」
当初、私は自分が自転車マニアだけあって、松田さんから競技用フレームについてそのこだわりを根掘り葉掘り聞くつもりでいた。しかし松田さんと話を進めていくうちに、松田さんがGRIT JAPANを通して「本当に伝えたいこと」がみえてきた。それは競輪用フレームではなく、ロードレーサーでもなかった。
普通のひとが乗る、普通の自転車だったのである。
シティライナーC1と名付けられた自転車に話が及ぶと松田さんの目が輝いた。自転車を単なる移動手段と思っているひとにこそ、この自転車に乗って欲しい。松田さんはそう言った。普段自転車をつっかけサンダルくらいにしか思っていないのは実にもったいないことである。自転車は快適で漕ぐのが楽しい乗り物であるということを、このC1を通して知ってもらいたい、それが松田さんの願いだ。
究極の街乗り自転車を目指して開発したC1は、その乗り味には徹底的にこだわった。だからデザインなんて二の次であると松田さんは言ったが、その見た目のほうも十分に配慮されていると感じる。事実、1995年に開催された「第一回ハンドメイドバイシクルショー」で最優秀賞を受賞している。コンシューマー相手にデザインをおざなりにすることはできない。性能第一にあげる松田さん流の言い方であるから真に受けてはいけない。現在工房兼ショップがある店舗デザインも松田さんがこだわり抜いて設計している。日本にあるフレーム工房では一二を争うおしゃれな工房ではないだろうか。
C1のデザインについてもう少し言及しておくと、写真よりも現物のほうがいい。自転車は写真を撮るのが難しい、という言い訳をしておくがフォトグラファーとして写真の写りよりも本物のほうがよいというのは忸怩たる思いがあるが本当なのだから仕方がない。実物には「本当に良いもの」が醸し出すオーラを感じるのである。
どれくらいいい自転車なのかは乗ってみればわかるということで、試乗させて頂いた。私は自転車マニアなので一般人の感想とはいかないかもしれない。しかし、普段軽くてよく進むスポーツバイクに乗り慣れた私でさえC1を漕ぎ出したときは感動した。
普通のママチャリの場合、まず片足に力をいれてペダルを踏み込む。それからヨイショヨイショと力を入れ続けてペダルを踏み続ける必要がある。多くのひとにとって自転車とはペダルを踏み続けるものだという認識ではあるまいか。しかしC1に乗ると、その常識は覆される。
ぐっと背中を押されるように、或いは後輪が地面を蹴飛ばすようにして、自転車がペダルを踏んだ力以上に進むのである。漕いだ力と進む速度が一致しない。ママチャリしか乗っていないひとほどこの感覚は感動的であるはずだ。自分の力以上に自転車が進むと、乗っていて楽しいと感じるだろう。この自転車は楽しい。私は素直にそう感じた。そしてC1とママチャリの違いは一般人でも確実にわかると実感した。この世界を知らずに自転車の認識がママチャリのまま一生を終えてしまうのはまったくもったいないことである。買えとは言わないからまずはとにかく試乗してほしい。いや、本当のことを言えば買えと言いたい。なぜなら自分のものにしてこそ本当の価値を見出すことができるからだ。
「乗ればわかる」。その言葉は本当だった。
一生モノに自転車も
一生モノと呼ばれるものがある。例えば機械式腕時計やつげ櫛のように次の世代にも受け継がせたいモノのことである。或いはそこまで長持ちしないにしても自分の残りの人生分くらいは手入れを怠らなければ使い続けられるモノのことである。
さて自転車はどうであろうか。少なくともママチャリを一生モノと呼ぶひとはいまい。C1の価格は十二万円だ。ママチャリの値段からしたら高価だが、電動アシスト自転車の価格とほぼ同じである。しかしC1は一生モノになりうる。子供乗せ用として電動アシスト自転車を所有して三年になるがはやくもボロが出始めた。とても一生は持つまいと感じる。C1と電動アシスト自転車は価格が同じでも自転車を構成する素材のクオリティはまったく違うと思ってもらってよい。一生モノにするためには手入れや扱いを丁寧にする必要があるが、大枚をはたいて購入した自転車を今までのママチャリのように粗雑にはしないはずだ。時々自転車屋でメンテナンスをして貰えばC1のフレームは一生もつだろう。
もちろんC1で自転車の楽しさを知り、ステップアップしてスポーツバイクの世界に踏み込んでもよいが、一生C1のままでも構わないと思っている。みんながみんなロードバイクに乗る必要はないのだ。
自転車に乗る喜びを教えてくれ、新しい景色をみせてくれたC1に生涯の相棒として一生乗り続けることだって、とても素敵なことだと思うからだ。そしてC1はきっとあなたのその時々の年齢や体力にあわせた期待に応えてくれるだろう。