2019年1月20日(日)
サングラスプロショップ〈オードビー〉
店主 佐藤吉男さん
東京都台東区上野5-13-11
TEL: 03-5816-5090 FAX: 03-3835-0909
営業時間 11:00〜19:00 毎週火曜日、第三水曜日 休み
サングラスの歴史はかなり古い。ウィキペディアによればローマ帝国時代に皇帝がエメラルドを加工して作ったサングラスで闘技場を観戦したという記述がある。太古から日差しの眩しさをどうにかしたいという欲求は世界各地であったようで、それぞれが同じような手法でサングラスの原型らしきものをこしらえていたようだ。だからどこがサングラスの発祥というわけではなく、自ずと似た形態になったと考えたほうが自然だろう。いわゆる収斂現象だ。例えばアマゾンに住むアルマジロと中国に生息するセンザンコウはまったく別の種族だがその姿形は驚くほど似ているのと同じである。身を護る手法をそれぞれが独自に編み出した結果似てしまっただけのことなのだ。
世の中にはサングラスとは別にファッショングラスというのもある。我々一般人にはサングラスとファッショングラスの違いは区別がつかないが、実は規格上で明確に分かれている。
ここではまずサングラスの定義について話をしよう。消費者庁の家庭用品品質表示法によれば、サングラスのレンズは、
屈折力がいかなる経線においても−0.125ディオプトリから+0.125ディオプトリまでの範囲内であり、且つ、任意のいかなる二経線間の屈折力の差が0.125ディオプトリ以下であって、平行度が0.166ディオプトリ以下のもの
とある。ディオプトリ(Diopter)というのはメガネ用レンズの屈折力(屈折度)を示す単位であり、記号はDを当てられる。読み方が英語ではなくドイツ語(Dioptrie)というあたりがメガネ歴史の古さを感じるが、それはともかくサングラスと呼んでいいものはその屈折度が明確に定義されているという点が重要だ。
ディオプトリ[D]の数値は、レンズ焦点距離の逆数によって得られる。焦点距離とはピントが合う距離のことである。
例えば、焦点距離が0.5mの場合、1/0.5=2 [D]となる。
このようにサングラスが明確な定義のもとにあるのに対して、ファッショングラスにはとくに定義がないというのが一番の違いである。あなたがかけているのはサングラスかそれともファッショングラスか。
東京都台東区。山手線の御徒町駅(おかちまち)と秋葉原駅のほぼ中間にサングラスプロショップ eau de vieがある。オードビーと書く。Vieをヴィではなくビーとあえて表記するのは親しみやすさを優先したからだという。Eau de vieは本来フランス語で「命の水」という意味で、ブランデーを指す言葉である。ちなみにウイスキーも語源をたどれば”water of life”から来ており、eau de vieと言葉の由来を同じくする。さて店名にサングラスとは直接関係がなさそうな名称をつけたのには理由があった。
今(2019年)から22年前、1997年のことである。店主の佐藤さんと奥さまは新しくオープンするサングラスプロショップの店名を考えていた。サングラスらしい名前、メガネらしい名前いくつも案をだしてみたがどれもしっくりこない。あるときふとeau de vieという言葉を思いつく。そのときちょうどブランデー或いはウイスキーを飲んでいたかどうかはわからない。しかしeau de vieという言葉にたどり着くあたりお二人がお酒好きであることは想像に難くない。「命の水」。そうか。サングラスもまた命の水と等しくなくてはならないものではないか。サングラスが必要不可欠な道具として世間に認知させることが、自分たちの使命ではないか。これほど自分たちにぴったりの名前はない。こうしてサングラスプロショップ・オードビーは誕生した。
度付きスポーツサングラスが欲しい
1980年代に入るとスポーツに特化したデザインのスポーツサングラスが登場する。スキー用、自動車用、モーターサイクル用、自転車用などそれぞれの用途に合わせた形状を有するサングラスである。こうしたスポーツサングラスは新しい市場を開拓したが、スポーツサングラスで度付きというのは存在しなかった。目が悪い人であればスポーツサングラスにも度を入れたいと考えるのは当たり前のことだろう。しかしなかったのである。
度付きスポーツサングラスがなぜなかったのか、それは業界の問題でもあった。当時、スポーツサングラスはスポーツショップが扱い、普通のサングラスは眼鏡屋さんが販売していた。そしてお互いに交流はなく業界が分断された状態になっていた。つまり、スポーツサングラスのようにきつくカーブしたレンズに度を入れたいと思っても、スポーツショップにそのノウハウはなく、それならばと眼鏡屋さんに行くと今度はスポーツサングラスそのものの取り扱いがないのである。度付きスポーツサングラスはどちらへ行っても実現できないため、度付きスポーツサングラスが欲しいと願う潜在ユーザーは宙ぶらりんになっていた。
幼少期よりメガネっ子だった佐藤さんは、自分がこんなに困っているのだから世の中には度付きスポーツサングラスを必要としている人はたくさんいるだろう。そしてそれはまだだれもやっていないことだったから自分でやった、と言った。
度付きスポーツサングラスが存在しなかったのは、製造上の問題ではなくサングラス業界の構造的問題だった。スポーツショップと眼鏡屋さんの間にあった垣根を取っ払うことが佐藤さんの最初の仕事だったという。サングラスメーカーも新しい市場創生ということで佐藤さんの取り組みには協力的だったというが、それでも今までにないものを生み出すには苦労が絶えなかった。しかしそれを佐藤さんは語らず「まあ大変でした」と言ったきりだった。粋である。
かくして度付きスポーツサングラスが誕生する。そしてそれは今まで度付きスポーツサングラスを必要としていた多くの人にとって福音となった。
サングラスを熟知し、アドバイスするノウハウ
スポーツサングラスは、スポーツの種類によって求められる性能が当然異なる。レンズ、フレーム、全体の形状などサングラスを構成するすべての要素が異なるといってよい。例えば、日の出から夕暮れまで一日中走り回るようなロードバイクなどの自転車の場合、調光レンズが役に立つ。調光レンズというのは一般的には紫外線を浴びるとレンズの色が濃く変化するレンズのことだ。つまり朝夕はレンズの色が薄く、日中にもっとも濃くなるため視界を常時同じような明るさに保つことができるのだ。
ちなみに紫外線を受けて調光するタイプは車の運転には向かない。それはフロントグラスが紫外線をカットするためレンズの調光が行えないからである。それを受けて可視光でも色が変わる調光レンズも開発されている。
強い日差しを直接ないし反射的に受けるような登山や釣りといったスポーツには偏光レンズが役に立つ。偏光レンズは大雑把に言えばレンズを透過する光の成分を半分にするレンズのことである。これはただ単にレンズの色が濃いわけではなく、レンズに微細なスリット(たいてい横縞)を設けることで、水面や壁面からの照り返しをカットすることができるようになっている。
こうしたレンズの性能に関することなら自分でもインターネットを使って調べることはできる。オードビーでも基本的なアドバイスももちろんしてくれるが、当然それだけにはとどまらない。オードビーの真価を感じるにはやはり実際に来店するよりほかない。私はまだメガネを使ったことがないので度付きスポーツサングラスについては未体験だ。しかし普通のスポーツサングラスを購入した際にオードビーのノウハウの一端を垣間見ることができた。
まずデザインが気に入ったサングラスを試着する。サングラス単体のデザインはもちろんのこと、顔に装着したときの収まりのよさが重要だ。購入の意思を告げると「調整」が始まる。これがまったく見事というよりほかない。それまで鼻に乗り、耳に乗っていたサングラスがまるで宙に浮いていくようなのだ。サングラスをかけているという違和感が消えていく。あたかも顔の一部になっていく。
それで私は納得した。陳列棚においてあるサングラスはいわば未完成の状態にあるのだ。それはつまりネットや通販で購入しただけのサングラスも同様である。あなたの顔に調整されていないサングラスはあなたにとって未完成品と言い切って差し支えない。オードビーが調整を施して初めて完成品となり、自分専用になるのだ。サングラスが顔にフィットするという言葉の意味を私はこのとき初めて知った。
サングラスがフィットするということがもたらすエピソードをひとつ紹介したい。趣味のロードバイクに乗って妻とともに出かけた日のことだ。走り出して五分ほどしたところで私ははっとして自転車を止めた。サングラス忘れた!そういう私を妻は怪訝な顔をして言った。してるよ、と。あ、してた!そのことに自分で驚いた記憶は今でも鮮明に残っている。確かにそのサングラスは軽い。実測値で二十グラムしかない。しかしたとえフェザー級に軽いとしてもフィット感が悪ければつけているのを忘れるはずがない。私がサングラスの存在を忘れてしまったのは、オードビーによる調整の賜物であるのは間違いがない。まさにジャストフィットとはこのことを言う。
大げさや誇張に聞こえた人は、オードビーによって調整されたサングラスのナチュラルなフィット感を体験して欲しい。そうすれば私の言うことが嘘ではないと理解していただけるはずだ。
オードビーのサングラスに関するノウハウは膨大だ。「調整」はオードビーが持つノウハウの一端にすぎない。サングラスを必要とするあらゆるスポーツのトッププレイヤーから要求される課題はときとして佐藤さんを悩ませる。しかしそうした問題を辛いと感じたことは一度もないという。「サングラスやメガネが本当に好きなんです」佐藤さんはそう言いながら目を細めた。課題をクリアすればそれはノウハウとして一般ユーザーに還元される。そうしてまた一つまた一つとオードビーの強みが積み重なっていく。