2024年5月22日

AudiFill(オーディフィル)カノン5Dさん

スピーカーメーカー

 

https://www.audifill.com/index.html



音楽を聴く。
稀に音楽をまったく聴かないというひとに出会うことがあるが、ほとんどのひとは音楽を聴く。ではどうやって聴くか。スマホにブルートゥース接続されたヘッドフォンで聴く。PCとヘッドフォン或いはスピーカーを繋げて聴く。オーディオ機器で聴く。どのような場合であれ、プレーヤーとアンプと電気信号を音に変換する装置(スピーカーやヘッドフォン)の3つが必要であり、音楽を聴くときは必ず使用しているのだ。プレーヤーはかつてはレコードで、それがCDになって形を持たないデータになった。しかしプレーヤーはプレーヤーである。アンプは増幅装置であり、プレーヤーから受け取った信号をスピーカーやヘッドフォンで聴ける大きさにする。

さてスピーカーである。アンプから来た電気信号を耳に聞こえる音に変換するのが仕事である。音楽再生において非常に大きな役割りを持つのも想像に難くない。スピーカーを変えれば音が変わる。それも誰が聴いてもわかるほどに変わる。いいスピーカーにすればいい音で音楽が聴ける。ではいいスピーカーとはなにか。いい音とはなにか。

いい音の定義は難しい。歯切れの良い低音。歪の少ない高音。伸びやかな中高域。ワイドな再生帯域。解像度の高い音。分離感。音場感。これらをすべて兼ね備えればいい音に聞こえるのは間違いないが、それが万人にとっていい音になるかというと、それがならないところが難しいところである。人間が信用ならないのなら数値における性能を突き詰めようとすることがある。突き詰めすぎた結果、確かに高音質だけど聞き疲れするスピーカーになってしまうものもある。一般的にスタジオで使用するようなモニタースピーカーはその類である。

聴く人の経験がものをいうのもいい音の定義が難しいところである。様々なスピーカーの音を聴いたことがあるひとと、ほとんどない人では同じスピーカーの音を聴いてもいい音と感じる度合いは違う。すべてのことに通じるように、音の良し悪しを知るにはそれなりの経験が必要になる。PCのスピーカーでしか普段音楽を聴かないひとは、2,3万円のオーディオ用スピーカーに交換するだけでその音の良さに驚くだろう。その音楽の情報量に驚くだろう。全てが違うと驚くだろう。出発点としてはそれでいい。しばらくは満足して聴いていられる。もしかしたらそれで一生いいというひともいるかもしれない。それはそれで幸せなことだ。しかし人間は欲する生き物である。もっといい音があるのではないか。もっといいスピーカーを使ってみたい。もっと。もっと。

 

普通ならここでその欲求にまかせて新しいスピーカーを買うわけである。ところが世の中には市販品には飽き足らずに自分で作ってしまう酔狂な人種が存在する。スピーカーのDIYである。さらに自作して自分で楽しむだけに留まらずにスピーカーメーカーを起業してしまうひとまで現れた。カノン5Dさんが登場する。

81台。
これまでカノン5Dさんが制作したスピーカーの数である。それならさぞかし部屋中がスピーカーだらけだろうと思ったが、実際はその反対だった。製品になったスピーカーと試作品が置いてあるだけだ。ほかのスピーカーはどうしたのかというと壊して処分したりひとに譲ったり売ったりしてしまったのだという。スピーカーを構成する部品は大別するとユニットと箱(エンクロージャー)の2つに分けることができる。ユニットというのは円形の音を発生する装置で、世界中の多くのメーカーが製作している。中にはユニット専門の会社もある。スピーカーはユニットだけでは鳴らないのでエンクロージャーが必要になる。カノン5Dさんが制作するのはそのエンクロージャーである。自分で設計した箱に様々なユニットを組み込んでスピーカーという形にする。

スピーカーを処分する場合、ユニットは取り外してとっておいてエンクロージャーだけ廃棄するわけである。エンクロージャーが変わればユニットが同じでも音は別モノになる。もちろんユニットそのものの性能も大事だが、それを活かすも殺すもエンクロージャー次第なのである。カノン5Dさんは様々なエンクロージャーを繰り返し試作することでいい音を追求していった。その結果の81台というわけである。

エンクロージャーをただの木の四角い箱と思ったら大間違いである。確かに外見は四角い箱でしかないが、中身は想像する以上に複雑だ。エンクロージャーの構造によってスピーカーはいくつかのタイプに分けられる。バスレフ型、密閉型、共鳴管型、バックロードホーン型などである。ここを追求するとスピーカー製作がいかに奥深いものであるかを知るであろう。

カノン5Dさんはバックロードホーン型スピーカーの製作で自作の道に入った。最初の30〜40台まではすべてバックロードホーン型スピーカーを製作していたという。バックロードホーンは日本語に訳すと背面負荷型ホーンスピーカーということになるが、訳したところでなんのこっちゃであろうが、要するにこうだ。

スピーカーユニットというのは前だけでなく後ろからも音がでるのである。信じられないかもしれないが出るのである。ユニットだけだと前から出た音と後ろから出た音が互いに打ち消し合って音が聞こえなくなってしまう。そこでエンクロージャーで前後を仕切ってやる必要があるわけである。

バックロードホーンは後ろからでる音の低音だけをうまく取り出して、あわよくばその低音を増幅して正面から出る音に追加してやろうという仕組みである。それによりフルレンジ一発では足りない低域を補完し、ユニットのサイズを越えた音を実現しようというわけだ。

バックロードホーンが自作スピーカーの中心になったのには背景があって、過去に長岡鉄男というバックロードホーンの伝道師みたいな方がいてフルレンジ一発とバックロードホーンの組み合わせの素晴らしさを雑誌や書籍で広めたからである。カノン5Dさんもその影響を強く受けてバックロードホーンスピーカーを作り続けたのであった。しかしカノン5Dさんが言うように、確かにバックロードホーンでよいスピーカーができるがどうしてもエンクロージャーの巨大化は免れない。その構造上小さいスピーカーは作れないのである。

だれもがバックロードホーンを置ける環境があるわけではない。そしてカノン5Dさんはより多くのひとにいい音で音楽を聴いてほしいと願った。だれでもデスクトップにぽんと置けるサイズで、本当に心地よく音楽が聴けるスピーカーが作りたい。いままで自分がいい音で聴くために作っていたカノン5Dさんにとって、だれでも、つまり自分以外のひとにもいい音で聴いてほしいと思い始めたのがスピーカーメーカー設立への一歩だった。

小型のスピーカーと決めた時点で、その構造はバスレフ型に決まった。バスレフ型はエンクロージャー内部で発生した低音だけをダクトを通じて表に出す仕組みのスピーカーである。世の中に流通しているスピーカーのほとんどがバスレフ型を採用している。とくに低音が不足しがちな小型のスピーカーであれば、ほぼ100%バスレフ型になっているといっても過言ではない。

構造的には一般的だが、カノン5Dさんはまずその材質にこだわった。無垢の木材を使いたいと考えたのである。エンクロージャーには一般的にMDFと呼ばれる木の粉を接着剤で固めた板材が用いられることが多い。MDFや合板が用いられる理由は扱いやすさである。反りや割れが基本的には生じず、狂いが少ない。大量生産する工業製品として同じものが歩留まりよく製造できることは重要なことだからだ。それに引き換え無垢材は反るし割れる。非常に扱いが難しいのである。しかし一度無垢材の美しい響きに魅了されたカノン5Dさんはどうしても無垢の木材でエンクロージャーが作りたくなってしまったのである。

 

ではどんな木がよいのか。カノン5Dさんは20種類以上の無垢材を調べた。マホガニーや黒檀、ウォルナットといったいわゆる銘木と呼ばれる木材はどれもよい音がした。高級スピーカーに採用される材料である。悪いわけがない。ただそうした木材は高価であるだけでなく、面白みに欠けると思った。もっと自分らしい素材はないものか。素材を個性として売りに出せる木材はないものか。ヒノキがあった。試聴を繰り返すなかで何気なく試してみたひとつだった。ヒノキはマホガニーやウォルナットと違って軽くて柔らかい素材である。こんなものでいい音がするのかなと思って聴いてみて驚いた。その独特の響きはまさに自分が探し求めていたものだった。ヒノキだ。ヒノキで行こう。そうしてヒノキを材料にしたエンクロージャーづくりが始まった。

無垢材を使用するうえで、小型スピーカーというのは実に都合がよかった。板は大きくなればなるほど割れやすくなり、反りやすくなるからだ。ヒノキはそのまま組むと響き過ぎてしまう。そこでカノン5Dさんは美しい響きを活かすために様々な工夫を凝らした。アルミの補強材や吸音材でコントロールし、理想の響きを追求したのである。表面の塗装もできるだけ薄く施した。塗膜が厚くなると音に影響しヒノキの良さが損なわれるからだ。その結果、まるでヒノキの素地そのままのような外観になった。

スピーカーユニットも最上のものを奢った。ヒノキエンクロージャーを活かし切るために必要なものだった。最高のユニットを使用していながらカノン5Dさんは更にいい音を目指す。ウーファーに3Dプリンターで自作した補強材を追加したのである。それによりウーファーの歪みが抑えられ直線的な振動を実現する。

SOLA Mk.2と名付けられたヒノキスピーカーはペアで36万円である。使用しているユニットの値段や1台1台カノン5Dさんによる手作りであることを考えると決して高い値付けではないことがわかる。ではSOLA Mk.2はどんな音がするスピーカーなのか。

オーディオにおける音質の評価は難しい。スピーカー特性を点数化するサイト、スピノラマはある程度の目安にはなるが、スピノラマで高得点のスピーカーがそのままいい音のスピーカーであるとは言い切れない。やはり自分で聴いてみるしかない。SOLA Mk.2は月並みな表現で言えばワイドレンジで歯切れのよい低音があって、高域が耳にやさしく伸びていく。そう、SOLA Mk.2は耳にやさしいのだ。それは聴き心地がいいのであり、長時間聴いていても疲れないのであり、会話の邪魔をしないのである。

 

音が鮮烈すぎてたしかに高音質だけど長く聴いていられないスピーカーというのがある。SOLA Mk.2はその正反対に位置するスピーカーだ。音楽を聴こうと向き合えばしっかりと解像感の高い音を聴かせてくれるが、仕事のBGMとして流して聴くのも実によい。ボリュームを絞りながら音が痩せないというのは難しい。カノン5Dさんはヒノキ材を巧みにコントロールすることでそれを実現した。ヒノキの響きの良さが生きているのだろう。

 

カノン5DさんのスピーカーブランドAudiFillは現在ヒノキスピーカーであるSOLA Mk.2とサブウーファーの2種類がラインナップされている。サブウーファーはヒノキではないが、やはりこちらも響きの良さを生かしたスピーカーとして設計しており、カノン5Dさんがいかにエンクロージャーの響きを大切にしているかを物語っている。サブウーファーはオーディオでも上級者向けのアイテムで、現状のシステムをもう一段上に上げるための最後の1ピースと言える。その効果は絶大で、サブウーファー有りで聴いてしまうともうあとには戻れない魅力があるがこれ以上書くと読んだ人はみんな欲しくてたまらなくなってしまうからこのへんにしておく。まずはSOLA Mk.2を聴いていただきたい。

 

いい音で音楽を聴くというのは特別に素晴らしい体験である。普段聴いている好きなミュージシャンの音楽の魅力を再発見できる。こんな音が入っていたのか。こんな緻密に作っていたのか。聞き慣れた音楽ほど感動するだろう。もっと早くこのスピーカーと出会いたかったと思うだろう。ハンドメイドだから入手できるまで時間がかかるかもしれない。しかしそれゆえに手に入れたときの喜びは増す。そしてそのときはぜひカノン5Dさんの熱い思いを直接聞いて下さい。