まるで休日のような賑わいをみせる亀戸中央公園を抜けて旧中川沿いを行き、混雑した小松川公園から荒川へ出る。
普段の平日ならほとんどひとがいない河川敷も公園と同じく休日のように行き交うひとが多い。みんな屋内を離れて
広い空の下で羽を伸ばしていて、ぼくもそのうちの一人であるが改めて東京はひとが多いなあと実感する。
日差しは思っていたより強く普段着で出てきたことを後悔する。サイクリング用のウェアなら汗をかいても大丈夫だけど、
普通の服では濡れて風邪をひいてしまうからのんびり漕ぐしかない。南から強烈な風が吹き続けていて河口へ向かうぼくには
向かい風。今日はロードバイクではなく、LEVELのシクロクロスバイクだからアスファルトを外れて草地を走ったり土手を斜め
に駆け上がったりして、違う遊び方で速度が出ない分を補う。
荒川区のマイスター、松田自転車工場の松田さんとそのメンバーたちが作り上げたこの自転車は本当によく進む。
ぐいぐいと背中を押されるような加速感があって乗っていて最高に楽しいバイクである。
思い返せば五年経つ。ちょうどうちの長男を妻が妊娠中で、自転車が先にできるか出産が先か冗談めかして松田さんと
お話していた。結果、フレームビルダーによくあるなぞの遅延により子どもが先に生まれた。フレームの完成はそのひと月後
だったと記憶している。
松田さんは実に信念のひとだが、実際にお話させていただくとひょうひょうとしてお話し好きでユーモアのある方である。
ところが雑談に花を咲かせるのはお好きだが、こと自分の作った自転車になると「乗ればわかりますよ」ですましてしまう。
そしてぼくにはその気持ちがよく分かる。自分の作ったものにあれこれ説明を加えるのは無粋だ。松田さんの「乗ればわかりますよ」
はぼくの「観ればわかりますよ」と同じで、わからなかったら「ああそうですか」。
クリエイティブワークというのは、完成した瞬間作り手の手を離れていく。作品を媒介としたコミュニケーションは切断されて
受け手と作品との間のコミュニケーションが新たに生まれる。それが自転車ならば乗ることで対話ができる。乗れば乗るほどに
コミュニケーションは充実するのだ。