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生き直す

経済学というのは、ぼくにとってもっとも縁遠い学問だった。むしろ嫌ってさえいた。なぜかと言えば、経済学は金儲けのための学問でそこから拝金主義を連想し、潔癖症のひとが電車のつり革を掴むのを躊躇するようにぼくは経済学に対して潔癖症だったのだ。

 

去年会社を辞めて、人生の行く末を思案し独立の道を選んでから、ぼくの内側でも外側でも様々なことが変化していった。独立を決心したのは、このGRIT JAPANの構想に行き着いたからである。しかしGRIT JAPANは今までのクリエイティブマインドだけでは成しえないことはぼくにもわかっていた。なにか新しい知見が必要だと直感していた。しかしそれが何かがわからないまま数ヶ月が過ぎていった。

 

GRIT JAPANをやり抜くにはぼくひとりの力ではまったく足りないのだ。様々な能力をもった多くの人の力が必要だ。また継続するためにも組織化が不可欠である。しかし、なにを?どうやって?どんな方法で? ぼくには新しい知識が必要だった。

 

経済学が登場する。

とはいっても経済学が空から降ってきたわけではない。ぼくの行く末を応援してくれている橘さんが「共通認識の基盤にしたい」といって貸してくれた本があった。「小さくても勝てます」さかはらあつし著である。ぼくはその経済学の本に半分以上の猜疑心をもって受け取ったのである。そこには経済学の持つ力がわかりやすく実例をもとにそれを物語として書いてあった。ぼくは一瞬でその本の虜になった。ぼくが求めていた「新しい知識」がみんなそこにあったのだ。信じられないことだったが、経済学こそが、ぼくの求めていた知識そのものだった。

 

結局ぼくはその本を10回以上繰り返し読んで、巻末の参考文献を片っ端から図書館で借りて読んで、また借りた本の参考文献から本を探して読んでそのまた参考文献から本を見つけてを繰り返して今日に至る。経済学はぼくがかつて忌み嫌っていたような金儲けのための学問なんかではなかった。たしかにどのようにして利益をあげるかを追求する学問ではあるが、それはぼくの貧弱な想像とはかけ離れたものだった。

 

現時点で、経済学とは人間学であるとぼくは考えている。以前なら例えば心理学とは対極にあると思っていた経済学が、実は隣の席に座っていたそんなうれしい意外性があったのである。

 

そんな芋づる式読書法(と勝手に名付けた)に引っかかったのが、この「イノベーション・オブ・ライフ」である。これは、経済学の知識を使って、よりよい人生を送るためにどうしたらいいのかを考えるための本である。そういう意味では純粋な経済学の本とは言えないが、ぼくの経済学定義=人間学とすれば、これもまた十分に経済学と思えるのである。

 

この本、カタカナのタイトルがついているが、原題は"How will you measure your life?"である。著者の前作で「イノベーション〜」という名前でヒットしたため邦題はそれにあやかったものと思われる。タイトルはともかく、経済学の知見を自分の人生、伴侶、家庭、子育てに当てはめて考えると、驚くほど通用するものである。企業も結局は人ひとりひとりの集まりであるから、経済学という見識では仕事も家庭も案外同様なのかもしれない。そしてぼくは増々経済学=人間学という認識を深めていった。

 

ぼくは今書物を読むという形で勉強をし直している、そんな気がしている。そしてその勉強が面白くて仕方がない。過去の勉強が辛く退屈だった時代に帰って自分に教えてやりたいくらいだが、それは決して叶わぬことである。寿命が尽きる前に気がついたのだから良しとしよう。学校に入って勉強したいくらいだが(以前は二度と学校に行きたくないと思っていたのに!)、今はそんな金も時間もないので書物をめくって楽しむことにしよう。

 

勉強をしていると、生きている気がする。そうぼくは今生き直しているのかもしれない。