2020年2月9日

乃木坂しん オーナーソムリエ&マネージングディレクター 飛田泰秀さん

 

〒107-0052 東京都港区赤坂8-11-19-102

ご予約:03-6721-0086

 

オフィシャルサイト

https://www.nogi-s.com/

 


レストランに入り食事をして帰るときまであなたと接するひとは個人店のような小さな店を除けば、そのほとんどは接客係ということになる。日本語だと給仕になるのだろうが、どうも表現というか音が古臭くていけない。そう思うのは私だけかもしれないが、おそらく現場で働く方々も給仕という言い方はあまりしないのではないかと思う。接客業務を担当するひとを英語で言えばWaiter:ウェイター(女性はWaitress:ウェイトレス)であり、待つ人という意味を持つ。しかし、名称としてのウェイターは存在していても、最近ではあまり耳にしないように感じる。それはやはりウェイト:待つという言葉が受け身的であり昨今の風潮にそぐわないせいかもしれない。

 

 

レストランの格式を高めれば自然とフランス料理店に行き着く。もちろん他国料理をないがしろにするつもりは毛頭ないが、高級レストランという位置づけで最初に思いつくのはフランス料理だろう。ではフランスでは接客係のことをなんと呼んでいるのだろうか。調べてみるとServeur或いはgarçon(女性形については省略します)などと呼ぶようだ。Serveurは英語で言えばServer:サーバーであり、提供するひとという意味である。コンピューターのサーバーもここに由来する。Garçon:ギャルソンの直接的な意味は少年である。なぜレストランの接客係がギャルソンと呼ばれるのか。これは調べてもわからなかったので想像でしかないが、大昔レストランの給仕係として少年たちを労働力に使っていた名残りではないかと思う。実際海外文学の古典や古い児童文学で給仕係として少年たちが部屋の片隅に立っている描写を何度か目にしたことがある。この頃はまさに料理を運ぶだけの給仕という言葉がふさわしく、接客なるものは別の大人が行っていたのだろう。時を経て給仕係が接客も含めて務めるようになったが、ギャルソンという呼び名だけはそのまま定着してしまった。その背景にはこれまた想像でしかないが、フランス人お得意の皮肉が込められているような気がします。自らのプロフェッショナリズムに対するプライドをあえて少年と呼ぶ。風刺や皮肉ずきのフランス人らしい発想かもしれない。全部想像なので違っていたら訂正します。

 

英語のウェイターに比べたらフランス語のサーバー(英語的読み方にしています)のほうが接客係として求める印象に近い。しかし実際はここまで英語だフランス語だと言っておきながらそのどちらもあまり使われず、サービスマン(サービスパーソン)という言い方をすることが多いそうである。そして、このサービスマンの地位が日本はとても低いのだと乃木坂しんオーナーソムリエの飛田泰秀さんは憂いていた。

 

 

飛田さんは高校卒業後の進路に悩んでいた。どんな職業がいいのか決めかねていた。テレビをつければ料理の鉄人が人気を誇っていた。料理人という職業が輝いてみえ、料理人になろうかと考えた。つるんでいた友人らにその考えを打ち明けるといいねいいね俺もなろうと仲間が言い出した。飛田さんはそれを聞いて料理人を目指すのはやめとうと思った。天の邪鬼なんですと言った。

 

 

卒業すると、はっきりとした進路を決められないままに様々なアルバイトをして過ごした。屋形船の船頭見習い、エアコンの取り付け、スーパーの陳列やレジ打ち、土方等など。フリーターとしてバイト生活を続けるうちに正社員になるとはどういうことかという好奇心が湧いた。そこで飛田さんはトラックの運転手になった。と書くと建設現場に資材を運んだり、または宅配便など荷物を運ぶ長距離運転手になったのかと思うが、そのトラックではなくテレビ局や劇場に道具を運ぶ会社のドライバーになったのだった。

 

 

なるほど社員になるとはこういうことかと体験した。しばらくドライバー生活を続けていたが、外国へ行ってみたいという思いがこみ上げてきた。もともと海外への憧れがあった。いつかは外国に行ってみたい。それは旅行ではないかたちで……。その気持ちが高まるともう抑えきれなくなって会社を辞めて飛田さんは一年間イギリスへ語学留学に行った。憧れの地で面白楽しく過ごしているうちにあっという間に時間が経ち同時に資金も尽きてしまった。帰ろう。目的であり夢だった海外渡航を実現させたが、その次のステップを見つけられないままに飛田さんは帰国した。

 

 

さあどうしよう。

 

なにか仕事を見つけなくてはいけない。できることならせっかく身につけた英語力を活かしたい。そこで目についたのがレストランの接客だった。飛田さんの飲食業界との関わりはこうして始まった。そして以降途切れることなく現在へとつながっていく。

 

 

あなたは接客或いはサービスマンと聞いてなにを期待するか。どんなことをイメージするだろうか。たとえばフランスではギャルソンはギャルソンとしての地位がある。そしてレストランへ行く客はそのギャルソンに敬意を払う。なぜならギャルソンは単なる料理運び係ではなく、その客がレストランで心地よい時間を過ごすために重要な役割を演じているからである。その配慮にたいして敬意を払うのである。楽しい時間をありがとうと敬意を払うのである。

 

都内に夫婦経営の小さなビストロがある。よくあるように主人が料理人で、奥様が接客を担当している。あるとき主人がこう漏らした。お客さんに「すいません」って呼ばれるのがすごいイヤなんだ。本当なら水にしたって注文にしたって呼ばれる前にこちらが気づいてあげなきゃいけないことでしょう?だからすいませんって言われるとしまった〜って気持ちになっちゃうんだ。ご主人にとって独立前の修行時代に獲得した経験が接客に求める基準になっている。接客とは例えばそういうことである。

 

 

サービスマンはあなたのためにあなたの見えないところできめ細やかに配慮している。料理が美味しいのは料理のクオリティが高いだけではない。場の雰囲気もまた美味しさに花を添えている。できるサービスマンはあなたの食事体験を何倍にも豊かにする力がある。そのサービスマンの地位がどうにも日本は低くていけないと飛田さんは言う。ボーイさんなんて呼ばれたりする。あ、ちょっと、なんて言われたりする。おにいちゃんおにいちゃんなんて呼ぶひともいる。つまり最初から見下していることになんの違和感も感じないひとが多いのだという。

 

 

そうした状況を少しでも変えていきたいと飛田さんは意気込む。サービスマンに敬意をはらって一番特をするのはお客さんなのだとも言う。サービスマンと仲良くなれば様々な恩恵に授かれる。チラシのクーポンじゃないので具体的な内容はサービスマン個人個人によって異なるが、充実したレストラン体験を得られるかどうかはサービスマンの力量ひとつであることを知っておいたほうがいいだろう。別にサービスマンを変におだてろと言っているのではない。対等に平等にあなたが料理人に対して見せるのと同じ態度でサービスのプロであるサービスマンに接すればいいだけのことである。

 

 

サービスマン地位向上を人生のミッションに掲げる飛田さんであるが、駆け出しのころはミッションどころではなかった。英語を武器に飛び込んだレストランで飛び交うフランス語の嵐。ここは日本じゃなかったのか。ここは銀座だったはず……。何度も辞めようかと考えた。体調を崩していよいよ本当に辞めようかと考えた。だけど辞めなかった。「諦めない限り、負けじゃない」飛田さんは言った。クビになるのならともかく、自分から逃げるのはやめようと腹をくくった。

 

 

 

今でこそマリアージュという言葉は珍しくなくなったが、当時はまだそれほど一般的な言葉にはなっていなかった。その時代すでに飛田さんの働くフランス語の飛び交うレストランでは行っていた。自然とソムリエの仕事に興味を持つことになる。よし自分もソムリエ認定試験を受けようと思い立った。と同時にもし試験に落ちたら飲食業界から出ていこうとも決めた。飛田さんは自分にハードルを設定するのがお好きのようだ。試験に落ちたら飲食業界をやめる。なぜならつらすぎるから。朝九時から終電、ときには終電すぎまでそれを週六日続ける。飛田さんはそれをブラックを飛び越えて漆黒の労働環境と呼んだ。とても体が持ちそうになかった。しかし、というか晴れてソムリエ認定試験に合格する。いよいよ辞められなくなった。しかしこれで独立して自身の店を持つ夢に一歩前進した。フランス語の飛び交う一流レストランを辞めたあと店舗の立ち上げをいくつか手掛け、日本料理屋の海外進出でパリ店をオープンさせた。そしていよいよ独立を果たし、日本料理「乃木坂しん」が誕生する。

 

料理人ではない飛田さんにとって乃木坂しんは最初の一歩である。二店舗目、三店舗目の構想はすでに始まっている。それがどんな料理を出す店になるのかはお楽しみだ。「明るく、楽しく、こころ豊かに」。祖父からもらった言葉を胸に飛田さんは人生を豊かにするような店を作っていくのだろう。あなたも飛田さんの一流のサービスを味わいに、そして豊かなレストラン体験を経験しに乃木坂しんの暖簾をくぐってみてはいかがだろうか。